フリーランスになって1年経った僕が考えたこと

 
「25歳をアラサーと呼ぶのは、四捨五入主義に毒されすぎなのでは?」
という議論があります。
ですが、26歳になった今、僕は紛うことなき「アラサー」です。
異議もへったくれもありません。
その日は新木場駅のホームで迎えました。
COAST上がりの熱気に逆らって、千葉方面へと乗り換えるその道中。
割と穏やかな気持ちで、焦っていないことに焦るような、そんな気分でした。
 
25歳は、フリーランス1年目の年。
2年目に突入する今、フリーランスとして1年を過ごした自分が考えたことをお話します。
 

フリーランスになるまで

 
その前に、どういった経緯で僕がフリーランスになったのか、よく聞かれるのでお話しておきます。
 

WEB書店の経験


フリーランスになる前は、WEB書店で働いていました。
いわゆる電子書籍の会社です。
新卒で入社し、マーケティング部の配属になりました。

主な担当領域は広告担当で、具体的には
・アフィリエイト広告
・リスティング広告
・SNS広告
・ネットワーク広告
・他社との共同プロモーション
が業務範囲。
 
アフィリエイトに関しては、かなりの裁量権を持ってやらせてもらっていたのですが、
その過程で、同世代のブロガー・アフィリエイターの方々と出会う機会がありました。
この出会いが今のフリーランス生活に繋がっています。
 

同世代ブロガーとの出会い

 
僕は電子書籍サービスの担当者としてブロガーの皆さんにお会いし、「うちのサービスをあなたのブログで紹介してもらえませんか?」と頼む側。
一方ブロガーの方々はその営業を受けて、ブログで紹介するか決める側。
ビジネス上の力関係の差は歴然です。
また、金銭面の交渉もしていくので、ブロガーにどれだけのお金が流れているか、僕は知っていました。
しかも同世代。僕の1個上、2個上の方々ばかりでした。
「ああ、自己表現で自立できる時代だなー」と、その成功事例を目の前に痛感したことを覚えています。
 
自分の夢を叶えたい夢追い人たちが、木造アパートの4畳半に住む時代は終わっていました。
ブログで独立することができるし、
YouTubeで大きな収入を得ることもできるし、
動画編集やイラストなどのスキルを売って生活することもできる。
SNSで人気の人はPRで50万100万の時代です。
 
なので僕は会社で打ち合わせを終えた後、個人的にブロガーの方々に連絡をとり、どうやって軌道に乗せたのかを詳しく教えてもらうことにしました。
このアクションがのちの独立へと繋がるので、マジで2年前の自分グッジョブです。
 
そうして、いろんな人に教えてもらいながら、僕はこのブログ「お前は笑うな。」を立ち上げます(2018年1月)。
ブログ名の由来はこちらの記事を読んでいただければ。
 

継続は力なり、安西は偉大なり


立ち上げてからは、怒涛の毎日でした。
21時に退勤して、御茶ノ水のスタバで23時までブログを毎日書き続けました。
(更新頻度や継続するメンタリティが大事なので)
 
会社で上司が開催していた「SEO講座」という勉強会にも積極的に参加して、そこで得た知識を退勤後にブログで活用・復習したりもしていました。
(のちに送別会で上司に「俺のスキルを盗んで独立する図太さがある」と嫌味を言われることになります)
 
この生活を8ヶ月続けた秋、いつの間にかブログの収入が会社の月給を超えました。
そこで僕は「退職しよう」と決意します。
 
これがエピソード0です。
ここで言いたいのは、とにかく「継続は力なり」であること。
続けた先にしか見えない景色が必ずあります。
安西先生、あんたは正しいよ。
 
 

フリーランスで考えたこと①:「なりたくない自分」を想像すること

 
芸人を目指し養成所の門を叩く人間の多くは「江頭2:50 だけにはなりたくない」と思いながら修行に励むそうです。
戒めのために、布袋寅泰のスリルを聴きながら養成所に通うそうです。

なるほど、確かになりたくない。
でも、「なりたくない」より「なりたい」(ワナビー)を決めた方が、ポジティブな感じがしますよね。
だとしたら、この「なりたくない」が先行することは、悪いことなのだろうか。
 

方向性を決めること

 
フリーランスになった僕がまず考えたことは「方向性」を決めること。
会社で言う経営方針です。
勿論そんな大それたものではなく「これからどう言うキャリアを積んでいこうか」と言うことなのですが。
 
WEBライターになりたい?
どんな記事を書きたいのか。
どんな記事を書きたくないのか。
それはどれくらいスケールする仕事なのか。
僕個人にどんな価値がつくのか。
 
と、そうなようなことです。
で、結論から言うと僕は「ブロガー」にも「WEBライター」にもなりたいわけじゃないんだ、と言うことが半年くらいで完全に分かりました。笑
(じゃあ何になりたいのか、は直接会った時にお話します)
 
考え抜いた末の答えが「こうはなりたくない」だったということです。
 

「なりたくない」も超大切

 
「なりたい自分」を決めることと同じくらい、「なりたくない自分」を決めることもめちゃくちゃ大事なんだなと思いました。
というか、「なりたくない自分」を決めた方が分かりやすく進んでいけるような気がします笑
 
例えば僕の場合は、
・自分がネタを書いているわけでもないのに「あの漫才には欠点がある」などと書くような批評ライターには絶対になりたくない。
・Twitterのアカウント名に「@年収****円」と書くような金マウントアフィリエイターには絶対になりたくない。
・人の不幸ネタでPV数を稼ぐようなネットニュースライターには絶対になりたくない。
・日常がコンテンツだとか言って、エッグベネディクトとかスムージーとかを載せるインフルエンサーには絶対になりたくない。
・というかライターとして自分の名前を売るのは、なんだか手段が目的化しているみたいで嫌だ。
という感じです。
 
こうやってイヤイヤ期を過ごすうちに、時間と労力を傾けるべき対象が絞られてクリアになった気がします。
方向性がクリアになってからは、いろんな考え方がシンプルにまとまるようになりました。
(ブロガー同士のオフ会とかアフィリエイター座談会とか、そういうコミュニティーには絶対に行かないでおこう、みたいな笑)
 
 

フリーランスで考えたこと②:正解がない世界で自分を信じるということ

 
かつて、大事MANブラザーズが
 
「負けないこと、
投げ出さないこと、
逃げ出さないこと、
信じ抜くこと、
ダメになりそうな時
それが一番大事」
 
と歌い、結局どれが一番なのか、世間を大いに騒がせたことがありました。
 
このJ-POP史に残る問いに対して、僕は声高に「信じ抜くこと」説を提唱したいと思います。
 

評価者のいないフリーランス


フリーランスには評価者がいません。
方向性を決めたのは自分なので、その方向性であってるよ!という人も自分です。
マネージャーもプレイヤーも自分しかいないのが、フリーランスなのです。
 
だから、決めた方向性にしっかり進めているのかどうか、自分自身で評価しながら進むしかない、ということ。
これが結構難しいことだなーと今も実感している途中です。
 

自分を自分で信じ抜く

 
これってつまりは、自分で自分を信じるってことなので。
「大丈夫。この道で合ってる合ってる…」と言い聞かせて、眠れない夜をやり過ごすようなイメージです。
 
小説家だって、今描いている物語は面白い、と信じていないと最後まで描けないし、
お笑い芸人だって、自分の描くコントは絶対にウケる、と信じていないと人前で披露できないし、
カラオケ動画を上げている素人だって、自分の歌が上手い、と信じてやまないから無謀にもアップロードできちゃうわけです。
 
信じないことには、何も成果物を生み出せない。
当たり前のことをフリーランスになって初めて強く感じました。
(会社は、会社の役員や株主が信じていることを、末端の自分がやるだけなので)
 
と言いつつも、「信じる」ということに関して前職の経験が活きたなと思うことがあります。
それは「全ての施策に意味がある」と知った経験です。
 

施策の効果が顕在化するWEBの世界で学んだこと


WEBマーケティングでは、リアルのそれと比べて、ユーザーの動きや購買に至るまでのルートなどが細かくデータ顕在化する世界です。
CVR、CTR、CPA、ARPU、MAU、DAU、ROI、ROAS、リテンション、画面遷移率…ゴニョゴニョ。
これらの指標が複雑に絡み合って売上を構成する要因になっています。
 
前職では広告という側面から、上記のデータを見ながら、獲得効率の良い広告のあり方を探していく、という経験が主でした。
その過程で、何か1つの施策を実行するだけで、必ず上記の指標に差が出てくることを知りました。
例えば、漫画の広告バナーの構成を変えてみると、クリック率はまるで違います。
(如実に好転することもあれば、その差がわずかだったり、ほぼ同じだったり、変化の仕方に幅はありますが)
 
自分が仮説を立てて何かアクションを投じれば、わずかだとしても必ず変化は起きている、ということを数値で実感することができた経験でした。
この経験があったからこそ、正解が見えない世界においても、自分の今のアクションは自分の未来になんらかの効果を及ぼしているはず、と信じることが出来るようになったと思います。
 
というか、これは世の真理なんじゃないかと思っています。
誰かの言葉や行動が、必ずどっかで影響を及ぼして、全く知らない誰かの運命を大きく変えていたり。
ロマンチックに言うとそんな感じ。
 
 

フリーランスで考えたこと③:「ノマド」と「アンビバレント」

 
そして令和の時代によく耳にする「ノマドワーカー」と言う働き方にも触れたいと思います。
「ノマド」とは英語の「nomad」(遊牧民)から来た言葉で、職場を特定の場所に固定せず、様々なところで働く(場所的に)自由な働き方のこと。
僕もフリーランスとなり、職場に制限がなくなりました。
現在は丸の内・有楽町・銀座・日本橋界隈のス●ーバックスを主な拠点として、数キロ程度を遊牧するライフスタイルに落ち着いています。
 

「ノマド」を巡る冒険

最初はこの「ノマド」を意識して、北海道から沖縄まで、いや海外もありだな…と移動しながら活動することを意識していました。
が、これ結構大変なんですよね。「ノマド」。
 
まず観光することと、働くこととのバランスが掴めません。
例えば京都まで移動して仕事をしようとすると、二条城を目の前にしてスタバに入ることになります。
そこに城があるのに、攻め入らない状況です。
そうすると「もったいない」と思ってしまうんですよ。
もっと神社仏閣をめぐらなければ…と考えてしまい、結局そんなに集中できず終わってしまう。
 
とはいえ、動いていないことも、また「もったいない」と感じるようになってきます。
せっかくフリーランスで職場が決まっていないのに、なぜ移動していないんだろう。
そこに城があるのに、攻め入らない状況です。
そうすると「もったいない」と思ってしまうんですよ。
もっと全国各地を転々としなければ意味がないじゃないか…と考えてしまい、結局そんなに集中できずに終わってしまう。
 

感情を往来する「ノマド」

 
そうなんです。
僕の「ノマド」は、アンビバレントな感情の中を行ったり来たりしています。
ある意味、遊牧民というか。
 
そんな感情と折り合いをつけるために、都心で拠点をチョロチョロと移動する今のライフスタイルに落ち着いたというわけです。
(半径5キロ以内のノマド)
 
我ながら小さすぎる解決策だとは思いますが、ワンモアコーヒーに助けられ、コスパよく、そして気持ち的にも楽に仕事することができています。
自分に合った働き方の模索も、フリーランスになってこの1年でもがきながら見つけたものです。
 
「ノマド」という言葉一つでも、自分がこんなに小さなベクトルで葛藤するとは思いもしませんでした。
意識的に何かを探そうとすることは、本当に自分の知らなかった自分を知れて面白い。
会社員でいた頃は考えもしなかった発見です。
 
 

フリーランスで考えたこと:終わりに

 
さて、久々に「ブログ」っぽい「ブログ」を書きました。
フリーランス1年目は、方向性からメンタリティ、働く場所までを手探りで見つけていった年でした。
 
2年目に突入する今は、攻め入るべき城を攻めていく一年です。
お世話になっている全ての方々にお返しができるような成果を貪欲に追い求めていければ、と思います。
夢を語ろうとすれば、いくらでも語ることができます。終電で帰るけど。
ぜひ、26歳でもいろんな人と話しながら、お互い鼓舞し合えればいいなーと思ってます。
自己啓発本のようなオナニーのような内容ですいませんでした。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

ABOUTこの記事をかいた人

本メディア『お前は笑うな。』は、本・漫画・電子書籍・VODなどオススメのエンタメ情報を発信するメディアです。 運営は、株式会社ロビンソン・クルーソー。 元・電子書籍の書店員だった代表をはじめ、様々なエンタメ分野に精通するライターによって、最新のエンタメ情報を提供してゆきます。